思い出募集

思い出投稿

  • うーたん より

    2025年8月19日

    ハマスタにプロ野球見に行く度に、早くハマスタに行ってグッズ買って時間が空くとはま寿司や、ダイソーに行ってました!無くなってしまうの超寂しいです。

  • マシンガン より

    2025年8月19日

    CERTEでの横浜ベイスターズのペアチケットプレゼントに応募したところ、当選してハマスタへ観戦に行きました。2004年6月5日の対阪神戦です。鈴木尚典選手がサヨナラ3ランでベイスターズの勝利という最高の思い出ができました。ありがとうございました。

  • あべっちむ より

    2025年8月19日

    地元が北海道の旭川の自分の学生時代の夢はセルテのベイスターズショップに行くことでした。25年前に夢が叶ってその記憶は今でも忘れることはありません。セルテがあったからずっとベイスターズが好きでいられました。本当にありがとうございました。そして本当にお疲れ様でした。

  • おおたまち より

    2025年8月18日

    夏になると入口でうちわを配布していた時期がありました。 ホッシーとBooタンのうちわを毎年夏になると棚から出して使っていますが、貴重な思い出の品になりました

  • たかひろ より

    2025年7月24日

    階にあったギャラリー、柳原良平先生の個展には毎度お邪魔しました。 そこで購入したもの。1月から12月まで月ごとに並んでいる中、私の誕生月「4月」の「マティーニ」が待っていてくれました。大事な家宝です。

  • クロノス より

    2025年7月22日

    東南アジア料理が大好きな夫婦で、タイ料理やベトナム料理のお店が貴重でした。当時結婚前の嫁と、横浜デートでよくいきました。 神奈川新聞の花火大会や、横浜の花火大会の際に、地下のあおばで焼き鳥やらのお惣菜もお世話になりました。

  • お元気君 より

    2025年7月16日

    無くなってしまうのは寂しいです。ライブ盛り上がっていたとすごい噂でした。ファイナルは色々お得そうなので何度も足を運びたいと思います。

  • ビッグ より

    2025年7月14日

    ベイスターズのグッズショップがあった時が懐かしいです

  • Booたんの友達 より

    2025年7月8日

    毎年ステキなクリスマスツリー?が楽しみでした???今までありがとうございました???Booたんのお出かけ日記も楽しかったよ~ あと半年、みんなの笑顔と一緒に頑張ってね~

  • tao より

    2025年7月8日

    クリスマスツリー見たかったなー。

  • ハミング より

    2025年7月8日

    よく芳林堂書店で本や文房具を買わせていただきました。家族イベントのケーキや食事、父の碁会所、地下のスーパー、レンタルデスク、100均、薬局、服類、アクセサリー…いろいろお世話になりました。駅近で便利でした。寂しくなります。ありがとう。

  • 12月は至るところに より

    2025年7月8日

    12月になるとエスカレーターを使って、他のフロアに行くと赤だったり青だったり色んなクリスマスツリーがあったな~。音楽に因んだものや可愛いのやブータンもいたり!

  • 関内っ子 より

    2025年7月7日

    関内駅の下に大岡川が流れていた頃から、センタービルに行きました。
    なんか寂しいなあ。ありがとうセルテ!

  • ベイスターズ命 より

    2025年7月7日

    忘れもしない、1998年のベイスターズ優勝!セルテ前で盛り上がったのが、忘れられない思い出です。今年も盛り上がりたい!

  • ディスコおやじ より

    2025年7月7日

    センタービル時代からあったディスコ「カウベル」。青春の思い出です。
    背伸びして大人ぶって、カッコつけて、突っ張って、楽しかった。

  • ピカリンリン より

    2025年7月7日

    楽器を習いに通ってます。レトロだけど駅前で便利。
    残念無念だなあ、無くなるの….

  • 大魔神くん より

    2025年7月7日

    ハマスタ行く前に、地下のスーパーで飲み物食べ物仕入れて、
    試合後6Fでワイワイするのが定番コースでした。来年からどーしよー?

  • はまっ子ケンちゃん より

    2025年7月7日

    無くなるの?新しくなるの?寂しいなあ。

  • モモパイン より

    2025年7月7日

    昔、本屋さんあった時、立ち読みしてた。美味しいカレー屋さんあったような。
    また行きますね。

  • weinner より

    2025年7月7日

    関内駅まで演奏してるのよかった!!
    セルテのこと忘れないよ。

  • ポッターくん より

    2025年7月7日

    10代の頃、ここで初めて自分の洋服買いました。
    若い頃の思い出が無くなるのは寂しいけど。次があるのも楽しみです。

  • kasumi より

    2025年7月7日

    お店で使うドレス、可愛いのがいっぱいあって、みんなに褒められた!
    間に合ううちに可愛いの探しに行こ。

  • Booニャン より

    2025年7月7日

    Booタンファンです。いつもセルテの玄関の前にあるBooタン人形を見るのを楽しみにしていました。
    子供と一緒に写真を撮って、楽しく踊っているBooタンやギターを持っているBooタンが大好き!
    もうBooタンに会えないのかな~

  • アヤちゃん より

    2025年7月7日

    周りは新しいショッピングセンターになっても、なぜかセルテに来るとホッとしていました。
    いつまでもこの昭和レトロ感が好きだったな。。。ありがとう、セルテ♡♡♡

  • yamamoto より

    2025年7月7日

    HAC、ダイソー、スーパーあおば、コージーコーナーがあって、駅前で便利で助かりました。
    長い間お疲れ様でした。

CERTEの仲間たち

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セルテ中山館長

今年で58年になる、このセルテの建物管理運営に携わっております。
お客様が安心安全で、ご利用いただけるような環境を整えるということを、常に心がけてきました。
こういう機会で、建物として閉じるという形になったことに対して、いろんな思いが浮かびますが、昭和、平成、令和と長く続けてこれたことを嬉しく思います。

お世話になった皆様に感謝を申し上げます。

セルテ徳間支配人

58年を迎えるセルテという建物で、皆様に長きにわたって支えていただきましたことを、心より感謝の気持ちをお伝えさせていただきます。
これからグランドフィナーレを迎えるにあたり、これからもセルテが心に残るように全力で努めてまいります。

どうぞ最後までよろしくお願いいたします。

ヤンキイス石野社長

1、セルテにはいつから
昭和46年、高校2年の時にセルテの前身である横浜センタービルの1階にあった東宝堂(後にS48~トーホーカップ、父親のお店)でアルバイトとして入ったのが 始まりです。

2、セルテでの思い出
セルテに全てがあって楽しかった。 特に、センタービルの5階・6階の名店食堂街と呼ばれたフロアには、一流処がそろった名店があったのが一番の印象深い思い出。 現在の店舗「ヤンキイス」を始めたのは昭和54年25歳の頃で、その年にした結婚式の二次会も自分の店でやって楽しかった。 一言で「青春がここにあった」場所です。

3、テナントとの思い出
40年くらい前は他店のレジを覗きに行ったり、売り上げも厳しく競争しあったり店長会も充実していた。 ナショナルチェーン店のノウハウを指導してもらい、売上管理や販促とかいろんな方法を若い時にたくさん勉強させていただきました。

4、セルテへの思いを一言
セルテが閉館するまで営業を続けてこれたことは、私どもの「誇り」です。 今まで「やり尽くしたことは確かかな」と思うのが今の気持ちです。繋がりとしては、新しいビルが出来ても一年に一回でもイベントをやれたらなと思います。

セルテ清掃東園様

1、セルテにいつから
2004年から勤務して、20年くらいになります。
何にも考えずにきたらあっという間に年月が経ちました。
一番の古株ですかね。


2、セルテの思い出
働き始めた時は慣れるのに精一杯でした。
トイレがつまりやすくて大変だったのを覚えています。すぐに直してくださったので、すごく良くなって清掃がしやすくなり、皆で喜んだ思い出があります。
お客さんとの思い出は色々ありましたけど、良い人ばかりで、「これ食べてね」ってちょっとした差し入れをくださったり、清掃している時に「ありがとう」ってお声がけいただいたり、嬉しかったですね。
もちろん、いろんな人はいるので、汚れが酷い時もありましたが「いつも綺麗にしていただいて、ありがとうございます」って言ってくださる方が多かったです。
『これが私の仕事だから』っていう気持ちはありますけど、それが一番、やっぱり嬉しかったですね。
トイレの清掃を1日に3回か4回、夜勤務の人はプラス1回と、「汚れないように」っていう思いで、担当の皆で各階のトイレを常にぐるぐる回っています。

セルテのトイレは、野球の試合なんかがあるとすごい並ぶんですよね。
私がトイレ清掃している時に入ってくるお客様とかで、こちらに気づいて「ありがとうございます」「使わせていただいても良いですか?」って声をかけてくださって、「はい。どうぞ」ってお返事させていただいて、そんな何気ない交流に救われたって感じがあります。 「セルテのトイレは綺麗」と、遠くの方まで伝わってるらしく、川崎や鶴見の方からも聞くんです。
それで、わざわざ野球観戦の道すがら寄ってくださるみたいです。
掃除する方は大変ですけど、そんな遠くまで知れているならやりがいはあります(笑)

3、テナントさんとの思い出
テナントさんも慣れてくると声はかけてくださるし、私たちからもかけたりと、お店の前や、すれ違ったりですけど、お互いに少ないですけど交流できているかなと思います。
長年勤めていると、テナントさんも入れ替わるので、随分お顔が変わりましたね。それも思い出ですね。

特に心に残っていることは、10年くらい前にテナントさんに似顔絵を描いていただいたんです。
それを嬉しくて家に大切に飾ってあってあります。それが一番の思い出ですね。
ちょうどタイミング良く、お願いを快く受けてくださり、嬉しかったですね。

また毎日、館内のいろいろな季節の装飾やBooタンのぬいぐるみなどを見て回っていますから、
「あら?この部分がない?」とか気づいたり、埃をはらったりと、ある意味で誰よりも見守っていましたね。

4、セルテへの思い
閉館してしまうのは、やっぱり寂しいですね。
セルテがあったから、長く勤務ができましたし、他の施設だったら、こんなに長く働けませんでした。
清掃は立ったり座ったり、いろんな動作がありますから、健脚で頑張ってます。
ちょうどいいタイミングなので、ビルが閉じるのと同じように私も一区切りしようかなと思っています。
でも「生活の一部」と感じるくらいに毎日セルテで過ごしてきましたから、セルテ自体が閉まってしまうってなると寂しいですよね。
あと何か月でテナントさんがいなくなっちゃうと思うと、寂しくなるのが今の心情です。

最後までお客さんからも喜ばれるように、清掃を頑張ってしていきたいと思っています。
ありがとうございました。

エベレストセルフキッチンラメス料理長

1、セルテの思い出
セルテビルは関内駅からとても近くとても便利で食材の買物やショッピングがしやすい場所でした。

2、印象に残っていること
一番印象に残っているのは、やはり横浜スタジアムで試合があった時の賑わいです。たくさんのお客様が来店されてとっても活気がありました。
だんだんリピーターのお客様も増えていき本当にありがたく思っています。

3、テナントとの思い出
セルテビルには、たくさんのテナントさんがいてラーメンを食べに行ったり、 居酒屋でごはんを食べたり、1階のお店で買い物をしたりといろいろと
お世話になりました。どのお店も、思い出深いです。

4、セルテへの思い
横浜からも近くとてもお世話になったセルテ、半年後にはビルが終わってしまいますが、 工事が終わってまた皆さんと何かしらの場で再会できたら嬉しいなと思っています。
それを楽しみに、セルテ最後のクローズの日までまだまだ賑わってもらえるように 美味しい食事をご用意してお待ちしています。
ありがとうございました。

日本開発株式会社元総支配人逆瀬和郎様

1、セルテの思い出
三十年近く勤めた銀行から初めて行った職場なので、文化の違いをまず感じました。
赴任当初は通勤が湘南新宿ラインない時代で毎日がしんどいなとは思いました。

2、印象に残っていること。
会社分割です。理屈は知ってましたが、無論自身で携わったことはなく、勉強になりました。驚きの連続でした。大株主さんに頭を下げて歩いたことも、懐かしい。

3、テナントとの思い出
・ベイスターズサービス
横浜ベイスターズのOB方との接触は新鮮でした。

・せんたあ画廊 大袈裟に言えば、セルテの文化の象徴でした。ここで知遇を得たプロ・アマの作家の方々とは、今でも音信する方もおられます。

・ヤンキィス
私が退職した後で開店された12Fのライブハウスで、同級生のトロンボニストのジャズライブを開かせて頂き、26回、よく続きました。

4、セルテへの思い
銀行で務めた30年弱、セルテの後勤めた会社もありましたが、皆同じように私なりの努力をしたつもりです。但し、保守的な性格ですから、昨日あったままに明日もあって欲しい質です。 よって終了は非常に残念です。

株式会社 F.U.V. 小笠原社長

1、セルテに携わったのは
確か20年くらい経ちますかね。
セルテの塔屋看板などが赤になった時の大規模修繕の時に現場監督としてきました。
それ以降、ここの監督としてお仕事をやらせていただいてます。
大規模修繕の工事に入っている時は、10階に事務所借りて、そこでほとんど寝起きしてましたよ。
その頃に、地下に「サッポロ亭」」というラーメン屋がありましたね。よく食べに行ってました。

2、セルテの思い出
大規模修繕の時は大変でしたね。我々バックヤードの人達が活躍する時って、変なんですが記憶に残るのは大変な話になっちゃうんですよね。
台風が来たり、外壁とかはその当時ゴンドラにのってあっちこっち指示したりとか。
それと同じくらい館内の修繕も徹底的にやらないとこは無いくらい工事をしました。
だから、いい意味で、思い出っていうと本当に大変なことばかりでしたかね。
3、一番印象に残っている事
店舗で漏水があった時かな。大騒ぎでした。スタッフ全員で水かきをしました。
それから、煙騒ぎやダストボックスの確認もありました。でも、大きい事故もなくここまで来れたんでね、何よりです。
設備や建設とかね、外壁はもちろん、ほとんどのお店の中へ入って仕事していました。
これまでの外壁の変遷とか、周囲の街並みの変化とか、館内のいろんな場所に思い出が染みついているので、感慨深いです。

4、セルテの思い出
私は高校2年生の時に、ここが横浜センタービルとしてオープンした日に来ているんですよ。
その頃は、伊勢佐木町にしかショッピングセンターなんてなかったですからそれが関内駅前にできるっていうことになって、もうみんなの注目の的でね。
かなり衝撃的な話だったんですよ。周囲にはこのビルも高い建物が無いので目立っていましたね。
まさか、大人になって直接かかわるなんて思わなかったですよ。
そのご縁があるので、終わってしまうのは寂しいような感じがしますけど、新しいビルが建った時には、また初日に見に来るのを楽しみの1つにしています。
きっと、その日はすごく嬉しくなるんでしょうね。
自分の人生の思い出の1つが増えるんじゃないかなと、それまで元気でいなくちゃと思っています。
職業柄、僕の活躍がないままで終わるのが一番のフィナーレですね。
無事に、最後まで笑顔で終われたらと思います。

はんこスーパー高橋社長

1、セルテにはいつから
10年くらい前かな。 12月に出店するのに、いろんな駅を回って探していて最初はセンター南のあたりにほぼ決まりそうになっていたんだけどご縁があってこのセルテになったんですよ。

2、セルテの思い出
横浜DeNAベイスターズの球団の人が印鑑を作りに来てくれて外人選手さん用の実印など大切な印鑑をつくりに来てくださった。 印鑑屋は、1階だから良かったです。入りやすく気軽に来れるみたいな、ここに印鑑屋があるな。って思えるような場所で良かった。
お客さんにもいろんな人がいてね。この商売をしていると、どんな職業をしているかって話が進んで、人との巡り合いが楽しかったです。
ありがとうございました。

IGGY HANDS GYMS 青木様 矢田様

1、セルテにはいつから
青木(男性ボクシングトレーナー):約4年前、2021年10月くらいだったかな。ちょうどコロナがまだ収まっていない時ですかね。 僕はこのお店がオープンする時に初めて静岡から来た場所が、このセルテっていう場所だったんで、すごく思いがありますね。 ここに来て、一番最初に行ったのが上の階にあるラーメン横丁さんです。そこでご飯を食べていた記憶がありますね。 なので、横浜で最初に立ったのがセルテなんで、僕にとっては横浜と言えば「セルテ」ですね、(笑)
矢田(女性トレーナー):私にとっては、セルテはジムとの関わりがあったことから始まったので、人と繋がれたのがセルテかなって思います。 ジムに行った後にセルテで買い物したり、反対にセルテに用事で来た人がジムに来てくれたりなど、 人との繋がりやご縁を感じられる思い出です。いろんな人と出逢えました。

2、お客様との思い出や印象に残っていること
矢田:印象‥さっき言ったこともそうですし、何だろう?
青木:そうですね。ほとんど僕は、この建物にいるので、生活全部がセルテみたいというか、衣食住全てですかね
矢田:衣食住、住まで(爆笑)
青木:そう。何だったら、住んでいるんじゃないかって思われているんで(笑) 特に印象に残ってるのが、最初ここに来た時、知り合いも友だちも誰もいなくて、独りぼっちだったんで、 孤独と闘っていたんですけど、やっぱり会員さんとかも増えて、いろんな知り合いが増えて、つながりもできていって、 それが全部が僕にとって思い出なんです。はい。
矢田:何で、いつも最後に良い風に言おうとするんですか(笑)
青木:ふっと出てくるんですよ。
矢田:上手いですよね~。私は、そうですね、老若男女、いろんな人と出会えたので、 やっぱり自分が普段関わらない人と関わったりとか、知らない業種の人とか、いろんな人と出会えたので、 さっきと重なりますけど、ホント人との繋がりですかね。 お客様といろいろと繋がれたので、すごく嬉しいです。本当に幅広い年齢層なので、下はキッズから、上は70代の大人までいるので。
青木:軽い運動的な感じで、ガシガシ運動するっていうよりも、身体を動かすくらいで、やってもらっていますね。 時間によりますけど、グループごとが基本で、マンツーマン、セミパーソナルみたいなのもありますけど、 基本はみんな来た人で集まってやるっていう感じなんですけど。マンツーマンになる時もあるってことで、お得ですね。

3、他のテナントさんとの思い出
青木:僕は、やっぱり飯をよく食いに行くんで、一番行ってるのは、ラーメン屋の真砂家ですね。 あとボアトゥン、エレベストセルフキッチンですかね。横浜の最初に行ったお店がセルテですから。 たぶん一番行っているのが真砂屋ですかね、足りなくなったらライス追加したり、地下のスーパーあおばに行ったり、フル活用しています。
矢田:ジムの会員さん達が、上のバーベキューあるじゃないですか、そこで大人数で利用できるので楽しんだりとか、 セルテの色々な施設を利用したりなどして、みんなでつながりを持ってとかが、テナントの思い出っていうですかね。
青木:そうなると、やっぱり僕が、「セルテの一番の通」じゃあないですかね。

4、セルテへの思いを一言
青木:繰り返しになるんですけど、僕が一番最初に来たところが、このセルテなんで、「僕のアナザースカイ」ですかね。
矢田:俺のアナザースカイって(爆笑)。こんなんで大丈夫ですかね。 私は、寂しいですけど、新しくなって、またそこで思い出をつくっていけたらなと。 横浜にはいるのでずっと。ちょっと寂しいですけどまた新たな一歩という事で、一緒に作り上げていきたいですね。
青木&矢田:これからも盛り上げていくので、頑張ります!ありがとうございました!

設備アセットライフ山本室長

1、セルテにはいつから
2010年の5月1日からこちらにお世話になっています」。約16年です。

2、セルテの思い出
印象に残っているのが、2011年3日11日の東日本大震災の時ですね。これが一番思い出に残っています。
その日は、私は休みだったんですけど、翌日の出勤するために、電車が動いていないところもありましたし、迂回路や駅間を歩いたりと、普段の交通の便利さを実感しながら、それがもう大変でしたね。
それで、やっとこさセルテに到着したっていう記憶があります。
セルテの建物自体は問題なかったんですけど、インフラ部分、排水管とかがボロボロになっちゃって、それでもう何ヶ月もあげて排水管とかをやったのが、すごい記憶があるんです。それが一番記憶にありますね。


3、テナントさんとの思い出
日常業務が裏方なんで、色々あってもインパクトはなかったですね。
設備関係なんでテナントさんとは少なからず関わりはありました。

思い出というか記憶にあるのが、6Fでの火事騒動ですね。
「火事になった」と電話が来て、急いで出勤したら消防車が20台位、はしご車も来てました。
その日、急遽泊まるよう指示がきました。
私も人生で初めての体験でした。
でも結局は火事では無く、外にいる人がセルテの煙突から黒い煙がでているのに気づき、通報してくださったったのですが、ただ煙が出ていただけでした。
それでも消防車が来て、はしご車から屋上に登りダクトに放水したりしていくつかのテナントさんは水浸しになり大変でした。
ただ本当の火事ではなかった事がせめてもの救いでした。


4、セルテへの思い
セルテの仕事が、サラリーマン生活で一番長く勤めさせていただきました。
私は、もともと造る方の分野でした、その造られた場所で設備を管理してきたので、だいぶ違うなって、感じられる仕事だと思いました。
もっともっと長く勤めるつもりでいましたし、まだ実感は無く上手く言葉にはできませんが、最後の日までセルテの設備管理を安全におこなっていきたいと思っています。
ありがとうございました。

設備アセットライフ角田様

1、セルテにはいつから
平成元年からですかね。だから1989年からの36年間勤めています。
セルテがちょうどリニューアルした時ですかね。いろんな管理会社がセルテに携わっていましたが、ずっと残っているのは私だけかなと思います。

2、セルテの思い出
セルテの2階とつながっていた「歩道橋」が思い出に残っています。
JRとつながっていて、雨にも濡れずにセルテを行き来できるっていう画期的なブリッジでした。
今は無くなってしまったんですが。
あと昔は、ここらへんで一番高いビルっていうのがセルテしかなくてね。
ビルの屋上が珍しいからってのもあるし、周りから見られないからってドラマのロケ撮影で使われたりしてましたよ。
当時だと黒木瞳さんや堂本光一さんのドラマ撮影がありましたね。
セルテの館内だと2階とか、最近では映画も撮りましたね。

テナントさんも有名どころが揃っていました。
ルノワールや、築地植むらとか、いろいろありましたね。
12階のテナントさんも入れ替わりましたし、会員制のお店もあって、当時は、力道山も来てましたよ。
横浜ベイスターズ優勝の時も、セルテの前の通りを凱旋して、くす玉やビールかけとか。
ここらへんを覚えているのはうちでも1人か2人しかもういないかな。いろいろな歴史があったんです。
セルテの中もいろいろ変わりました。

3、セルテへの思い
もう、セルテに勤めてから35年がたちましたけど、いろんな思い出があります。
昔は屋上にサウナがあったんですよ、ボイラー室の名残が今も残っています。
その後のビアガーデンもあり、セルテのいたるところに大なり小なり思い出が残っています。
いろんな設備管理会社がセルテに携わってきましたけれど、セルテの設備を分かっているからと何とかずっと残れて、最後まで続けられることは、ありがたいことなんじゃないかなと思っています。
最後まで、よろしくお願いします。

あおば総合治療院飯野院長

1、セルテにはいつから
2021年頃に大船院から異動して来ました。

2、セルテの思い出
異動してきたときはコロナに入った年だったので、店が入れ替わりしていた時です。
建物の中も少し変わっていった感じがしたかなっていうのが、こちらに来て最初の印象でした。
そんな時に6階のスタッフの方が施術にきてくれていたりして、セルテに関わっていったという形です。
そのご縁で、そのお店にお昼とか食べに行ったりしていましたが、閉店してしまって寂しかったこともありました。
独特な雰囲気があるお店が多いので、ヤンキイスさんや、カレー屋さん、タイ料理屋さんには、 よく昼ご飯を食べに行ってます。
そこで顔見知りになったり、休憩室で他のテナントさんのスタッフと顔見知りになって、テナント同士を行きできるアットホームな感じがするところかなって思います。
今の時代というよりは、商店街が建物になったような感じがして「古き良き」ではないですけども、 そういうのを感じさせてくれるビルだなって思います。
ですから、 率直に残念ですよね、無くなるっていうのは。

3、お客様との思い出
今までは地域密着という方の方が多かったんですけども、こちらはビジネス街ということもあり、比較的関わり方とかは淡泊な感じがします。
もちろん深く関わる人もいますし、地域密着になりそうででならないみたいな。
だけど、その中で深く関わった方とかは、近くの良いお店とかを教えてもらったりとかして、そこから、そのお店の方と顔見知りになって、うちに通って来るとか。
あと駅前だから来やすいですし、立地はベストかなって思います。

4、セルテへの思い
時代がやっぱり変わっていくから、時代の流れで無くなってしまうのかなって思いますけれど、 この建物に入った時、「The昭和」って感じます。
建物がなくなるのは、寂しいですね。
「あぶない刑事」が好きで、撮影とかでセルテの周りが映っていると、知っている場所だから嬉しくなったりします。
それがセルテが閉まってしまうと、昭和を代表するものが無くなってしまって、街並みとかも変わっていくんだろうなって思うと、寂しくはありますよね。
古くからのお客様もそうですけど、テナントの皆さんも思いがそれぞれあると思うので、話を聞いていると本当に熱い思いが伝わってきますからね。
うちの院の漢字が「思」って掲げているんですけど、思いやりのある施術で施術するためには、相手のことを知らなければいけない。
相手の立場を想像する。相手をリスペクトするっていう事を院の文字で掲げてやっているので、毎月百人単位のお客様を施術させてもらっています。
今後も、引き続きよろしくお願い致します。 ありがとうございました。

コレクションズS 伊藤店長 スタッフ遠藤様

1、セルテにはいつから
伊藤店長:最初は1階に出店していて、1999年の2月からで27年ほどになります。 これまで、スタッフも変わらず、一緒にずっと長く続けていますので、 思い出深いことはたくさんあります。

遠藤:私は店長とのご縁で同年の11月にここに来ました。 38歳で入社して、今63歳になりました。あっという間ですね。

2、セルテとの思い出、心に残ること、印象など
伊藤店長:抽選会の時に、うちのお客様が商品券を当てて、洋服を購入されて商品券が当たって、それでまたご来店して購入されて、また当たるみたいな。何往復もしてお買い物をしてくださったこと。 いつになったら終わるんだろって(笑)。そんな面白いことが記憶にありますね。

遠藤:昔は、お客さまも現役で働いている方が多かったですし、 そこからずっと繋がっているお客さんもいらっしゃっいます。もう27年くらいです。 ここでのお客さまも10年近くお付き合いをさせていただいてます。 改めて長いお付き合いのお客さんがいるのが印象深いです。 皆様、このセルテがあるからこそ、っていう思いがあるのだともいます。

伊藤店長:うちは、一人ひとりのお客様と密接な関わりがあって。 信頼されて、ご自身のファッションをお任せしていただいていますし、 ファッションだけではなく、悩み相談みたいなね。 洋服は二の次で、お話ができるところみたいながあるんです。 そこが、他のお店とは違う良さなのかなって。 どちらかというとお馴染みの顧客中心でやっているので、お客さん自体が長いですね。 毎日のようにいらしたり、電話でお話したり、 年齢を重ねていく上で自分に合うファッションって見つけることが難しいけど、 ここでは顧客のお客様それぞれのサイズも好みも分かっているからこそのアドバイスができますし、 その人に合うものも自動的にだすこともできますから、お客様に喜んでいただけますね。 悩みを話に来て、スッキリしてお洋服を購入して、心身共にリフレッシュして綺麗になって帰っていく、 洋服にはそういう魔力みたいなのがあるんでしょうね。 いらっしゃる時の顔と帰って行かれる時の顔、違いますからね。 それを見るのが嬉しいです。

遠藤:この前も、7、8年ぶりに来店してくださったお客様がいらっしゃって。 お話しできて、すごく喜んでくださいました。こちらも嬉しくて、この商売のやめられない理由の1つです。 コロナの時は、お客様も外出できなくてね。 やはり直接会って、お話して、お洋服を購入してっていう交流が。 とても大切なことですよね。

3、テナントとの思い出
昔は、年に1回、忘年会があって、テナント同士の交流もできていました。 知り合ったテナントさんの閉店の際、お得意様をご紹介してくださいました。 その方とは今もつながっています。

4、セルテへの思い
遠藤:昔、このセンタービルは、関内では凄い場所だったみたいですね。 周りの建物より58年も前から先にここにあったんだなと思うと感慨深いですね。 ここは駅前で立地が最高で、お客様も私たちも便利なのがすごく良く、 ご年配の方が雨天時に来店しやすいところが良かったですね。 私は、セルテのキャラクターのブータンのファンなので、残りも大活躍してくれるといいなって思っています(笑)

伊藤店長:何とかここまで、大きい病気もケガもせず、元気にセルテでお仕事をやってこれたのが本当にありがたいことです。 もう終わりになってしまうのは寂しく残念だなと思います。 でもまだ、すぐに終わりじゃないですし、お客さんもいらっしゃっるのでね。 お客様皆様とたくさんお話をして楽しんでいきたいですね。 本当にありがとうございました。

ブラックキャット中島社長

1、セルテにはいつから
このお店が、平成元年から設立して20年以上続けてこれたことに本当に感謝しています。
ずっと1人でやってきたので、ここまで続けられるとは思っていなかったです。
いろいろなお客さんと交流できて、たくさんの触れ合いの中で長きにわたって続けてきたことに本当に感謝しています。
今時の商業施設に比べると駅前にはある飲食店のビルだと思っている人が多かったと思うし 実際、物販店はちょっと少なかったので寂しい感じでした。
その中で、ずっと何年経っても、二十年経っても来てくれるお客さんもいるので、すごく嬉しいです。
年を重ねていって、なんかセルテ自体が自分の子供みたいな感じになっちゃってね。
そう考えると、こんな長くできてること自体が、ちょっと不思議な気分です。


2、セルテとの思い出
今時のオンラインではなく、直接お客さんの顔を見て、長い時は1人 1時間ぐらいとかお喋りしたり、接客だけではなく 人生相談などもありました。思い出はもう数えきられないぐらいあります。
 20年以上もやっていると、もう人生の 一部のような感じなので、寂しい限りです。
今まで、うちのファンで応援してくれた人や、セルテのお客さんがたくさん来てくれた
お陰で長く続けてこられたと思います。
でも、コロナが明けてやっとこれからっていう時に終わるは、ちょっと悔しいっていうか残念です。
昔のものがどんどん無くなっていくっていうのが、もったいないなって思います。
 この20年近い年月は、二度と味わえない経験をたくさん出来ましたし、お店を続けてきて良かったなって思います。
本当にたくさんの皆様に「ありがとうございました」とお伝えしたいです。


3、セルテへの思い
このセルテのグランドフィナーレに、立ち会えることが幸せです。
いろいろと人生を過ごしてきた中で、一時はコロナで時間短縮とかあった中でもお客さんは来て下さった。
本当にありがたかったです。
やっぱりブラックキャットさんのドレスが良い。と言ってくださって、ここじゃなくちゃ買えないとか、
自分に合うものを選んでくれるから。と言ってくださり、お客様とのそういう信頼関係に感謝しています。
だから私は、もうちょっと頑張って、最後までダッシュします。
本当にお客さんとの交流が、私にとっては人生の宝ですね。

ルビーティ鈴木社長

1、セルテへの思い
最初はセルテ3階からスタートして35年くらい経ちました。 自分にとってはお店を始めて、いろんなことがありながらも切り盛りしていた最初の頃が思い出深いです。
これからどうするかは、まだ考え中なとこをもありますが、 先ずは、35年間という長い間ずっと来てくださったお客様には感謝の気持ちでいっぱいです。
まだ半年ありますので、最後まできちんと「立つ鳥跡を濁さず」で頑張りたいと思います。

銀座コージーコーナー森田店長

1、セルテとの思い出を振り返り
当店は1995年の9月にオープンし、約30年の間多くのお客様にご愛顧いただき数度のリニューアルを経て営業を続けてまいりました。
営業に関して、これまで多くの従業員、セルテの関係者の皆様、多くのお客様にご支援いただいたことで、クリスマスを始めとしたイベント催事、コロナ禍といったトラブルも乗り越えることができたと思います。
当店に関わっていただいた全ての方に感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。

2、印象に残っていること
コロナ禍の際は屋外に面している店舗の為感染対策は難しい部分もありましたが従業員やお客様のご協力があり乗り越えることができました。

3、お客様との思い出
ベイスターズファンのお客様が、選手の誕生日に当店でお買い上げいただいたケーキを選手ご本人様に差し上げた様子が話題になり、しばらくそのケーキが毎日完売し、大きな反響があったこと

4、テナントとの思い出
当店が1階の屋外に面している為、あまり日々の関わりはありませんでしたが事務所の方や館内関係者の皆様にご利用いただく機会も多くありました。
皆様ありがとうございました。

5、ご自由にセルテへの思いを一言
58年もの長い間大変お疲れさまでした。
多くのお客様に愛されたセルテが無くなってしまうのは寂しいですが、今後の再開発で新しくリニューアルし関内駅前のシンボルとして戻ってくる日をお待ちしております。

はあとねいる関内店安藤晋平様 スタッフ一同

開店当初からお世話になった場所がなくなるのは、とても寂しく名残惜しいです。
沢山のお客様にも出会えた場所、ここで過ごした時間と思い出はこれからも大事にしていきたいです。

B.B.STREET/月桃荘スタジオ亀田社長

1、セルテとの思い出を振り返り
97年から働きだして、人生の半分以上を過ごしたビル。
思い出が多すぎて書き切れない。
良くもわるくも全てが思い出。

2.印象に残っていること
震災の時に、どこにも行けなくなった近くに居たお客様や知人がなぜかセルテ前に集まった事

3.お客様との思い出
多すぎて書き切れないです。

4.テナントとの思い出
テナントは我が家同然、スタッフは家族。
生活を過ごした場、人生一部。

5.ご自由にセルテへの想いを一言
長い間、関内のセンターご苦労様でした。
出来ればもっと長くあってほしかったです